当科の特徴

北海道大学病院呼吸器外科では,胸腔内のあらゆる疾患の外科治療をおこなっています。
日本における呼吸器外科手術は増加の一途にあります。肺がん(原発性肺癌)、転移性肺腫瘍、縦隔腫瘍、炎症性肺疾患、気胸などが呼吸器外科手術の対象疾患となります。
疾患別の手術件数で最も多いのは肺がんで、ここ20年でその件数は2.4倍に増加しています。

Committee for Scientific Affairs, The Japanese Association for Thoracic Surgery(2020),
Thoracic and cardiovascular surgeries in Japan during 2018, p. 196, Fig. 2, Springer, https://doi.org/10.1007/s11748-020-01460-w

診療内容

肺がん

厚生労働省発表の悪性腫瘍の男女別部位別死亡率では、肺がんは男性で1位、女性では大腸癌についで2位です。
喫煙(タバコ)が原因となることは広く知られていますが、最近では非喫煙者でも遺伝子変異(配列の変化)で肺がんを発症することがわかっています。
肺がんと言ってもいろいろな段階・種類の肺がんがあります。胸部のCTで淡い影として発見される非常に早い段階から、少し進行すると濃い影となって周囲の組織を引き込むようになります。さらに進行すると、肺の血管や胸壁(筋肉や骨)、周囲の臓器まで巻き込むようになります。
肺がんの外科治療は,がんを残さず取り除くことが主な目的で、肺葉切除とリンパ節郭清が標準的な手術となります。がんの進行度や性質により治療方針や方法が異なります。私たちは呼吸器内科や放射線治療科、腫瘍内科と定期的にカンファレンスを開き、患者さんに最もよいと思われる治療方針を検討しています。
私たちは、患者さんの負担をより少なくする低侵襲(ていしんしゅう)手術から、周囲臓器の合併切除や血管・気管支形成などの拡大切除まで幅広く対応しています。道内各地からの紹介される難易度の高い手術の症例も数多くこなしています。

転移性肺腫瘍

あらゆる臓器のがんは、肺に転移することがあります。従来、肺転移は化学療法(抗がん剤)が治療の第一選択とされてきましたが、がんの種類や他の病巣の治療段階によっては、局所治療である手術(肺切除)が根治的な治療となり得ることが知られるようになりました。
抗がん剤の治療も合わせて行う患者さんもいますので、複数回の手術の可能性を考慮し、なるべく肺の機能を温存する手術を原則としています。

縦隔腫瘍

左右の肺に挟まれた胸の正中部分、「縦隔」には、心臓や気管、食道など人間が生きる上で重要な臓器が多く含まれ、胸骨という丈夫な骨に守られています。この部分には様々な組織を由来とする腫瘍(縦隔腫瘍)が発生し、進行すると上記の重要臓器を巻き込むことがあります。
縦隔腫瘍の手術では、従来は胸骨を切開して胸を開くことが標準的でしたが、私たちは可能な限り胸腔鏡やロボットを用いてより負担の少ない手術を行っています。

胸膜中皮腫

国立がん研究センター 希少がんセンター HPより

胸膜は肺を包んでいる非常に薄い膜ですが、人間が呼吸を行う上で重要な役割を担っています。この部分に発生するがんを(悪性)胸膜中皮腫と呼び、胸膜が厚くなるほか大小の腫瘍が胸膜全体に発生します。胸膜中皮腫は石綿(アスベスト)の吸入が関与しており、症状が出にくく早期発見の難しいがんです。
私たちは胸膜中皮腫に対する手術として、胸膜肺全摘(肺と胸膜をまるごと取り除く)の他、近年では胸膜のみを肺から剥がすように切除する胸膜切除・肺剝皮術を行っています。外科治療に化学療法(抗がん剤)や放射線治療を組み合わせた集学的治療が必要となることも多く、肺の機能をなるべく温存できるよう、胸膜切除・肺剝皮術の件数が増えています。

自然気胸

自然気胸は、肺のどこかに穴が空くことで空気が漏れ、胸腔の中で漏れた空気に肺が圧迫されて縮む疾患です。肺の一部が風船のように膨らんで弱くなった部分(肺のう胞)から発生することが多く、呼吸の苦しさや胸の痛みが生じるため救急疾患としても知られています。
空気を体外へ誘導する管(胸腔ドレーン)でまず応急処置を行いますが、繰り返す場合や難治性、両側の気胸、血胸(出血)を伴う場合などは手術が必要となります。空気漏れの原因となる部分を切除するほか、気胸の発生原因によっては、再発を予防するために胸膜を保護材で覆う処置を追加することもあります。比較的若年の患者さんが多い疾患でもあり、私たちは整容面からも、可能な限り傷を小さく・少なくする手術を心がけています。

膿胸

肺炎は肺の中に起きる炎症ですが、膿胸は肺の周りにある胸膜や胸腔の中で起きる炎症で、細菌や真菌(カビなど)の感染が原因となります。発熱のほか、肺の周りに膿や胸水が貯まることで呼吸苦を起こします。
治療の基本は抗菌薬と胸腔ドレナージですが、膿や胸水の中にフィブリンによる壁(隔壁)ができてしまうと治りにくく、手術が必要となることがあります。手術では主に膿を洗浄し、隔壁を壊してひとつの部屋にすることでドレナージをしやすくします。
肺や気管支に穴が空くことで膿胸を発生している場合は有瘻性膿胸と言われ治療が難しい疾患です。私たちは呼吸器内科と連携し、原因気管支の塞栓や持続陰圧閉鎖療法、大網(胃の周りにある脂肪の膜)充填術を併用し有瘻性膿胸の治療期間の短縮に取り組んでいます。

北海道大学の手術の特徴

拡大手術と低侵襲手術

進行した肺がんなどの手術では、周囲臓器の合併切除や、手術中の人工心肺が必要となる場合があります。これらの症例では、手術手技や術中・術後管理に高度な技術が必要となり、道内各地から当院へ紹介されます。私たちは麻酔科や心臓血管外科とも協力のうえ、高度侵襲手術にも対応しています。
一方で、患者さんの負担をより少なくする低侵襲(ていしんしゅう)手術にも力を入れています。低侵襲手術には(1)傷を少なく・小さくする手術と(2)切除範囲を少なくする手術、に大きく分かれます。私たちは、根治性や患者さんの生活の質を考慮しながら、(1)の取り組みとして単孔式胸腔鏡手術やロボット手術、(2)の取り組みとして胸腔鏡下肺区域切除術などの低侵襲手術に取り組んでいます。

胸腔鏡手術

北海道大学病院呼吸器外科では1996年に、全国でも早い時期から胸腔鏡手術を導入しました。2005年からは2つの小さな傷から手術を行う二窓法、2020年からは1つの小さな傷から手術を行う単孔式胸腔鏡手術を取り入れています。胸腔鏡手術は、開胸手術と比べて傷が小さいため、術後の痛みがより楽になる、整容性に優れるなどの利点があるほか、呼吸に関わる筋肉を温存できるため術後の肺機能の回復が早いという特徴があります。私たちは、高齢の方やさまざまな合併症をもった患者さん、区域切除などの難易度の高い手術、小児の患者さんに対する胸腔鏡手術の実績も重ねています。

北海道大学病院での肺悪性腫瘍手術の推移

ロボット手術

北海道大学病院には2013年に手術支援ロボット(ダビンチ)が導入され、呼吸器外科でも2018年からロボット手術を行っています。ロボット手術では、患者さん側には専用の鉗子を装着したロボットアーム(ロボットの手)がセッティングされ、外科医は隣にあるコンソール(操作器)からロボットのアームを動かして手術を行います。まるで自分が患者さんの胸の中に入っているような感覚で繊細な操作を行うことができ、鉗子は通常の胸腔鏡関節が多く複雑な動きが可能です。

気管支形成術・血管形成術

進行した肺がんの切除では、肺の大量切除を要するがあります。しかし肺を多く切除すると術後の肺・呼吸機能への影響も大きくなり、患者さんのQOL(生活の質)が大きく損なわれることになります。このような場合、私たちは「気管支形成術」「血管形成術」などを駆使して肺機能をなるべく温存する手術を行っています。気管支形成術では、必要な部分の気管支のみを切除してその上下をつなげて気管枝を再建します。血管形成術では、がんと一緒に切除して欠損した血管壁の一部を縫合や自己心膜などで再建します。
このような手術を必要とする患者さんの多くは、抗がん剤など次の治療を必要とするため、機能が温存できることには大きなメリットがあります。

肺の血管への浸潤を伴う肺がんに対する手術

胸膜剝皮術

悪性胸膜中皮腫(胸膜のがん)に対する手術には大きく分けて胸膜肺全摘と胸膜剝皮(はくひ)術があり、手術の前後には抗がん剤を含めた集学的治療が行われます。胸膜剝皮術は肺の機能を温存できるという意味で優れた術式ですが、手術には高度な技術が要求されるほか、術中・術後の合併症予防にも細心の注意が必要となるため、患者さんは集中治療室(ICU)に入室し厳密な全身管理が行われます。北海道大学病院では2015年以降20例以上の胸膜剝皮術を施行しています。